京阪3000系電車(けいはん3000けいでんしゃ)は、1971年から1973年にかけて製造され、2008年6月24日まで運用されていた、京阪電気鉄道の特急形車両。
現在は8000系30番台として運用されている[1]。本項では8000系30番台への改番後についての記述の他、一部車両が譲渡された富山地方鉄道10030形電車、および大井川鉄道(現・大井川鐵道)3000系電車(2代)についても記述する。
京阪特急専用車としては5代目[2]となる、オールクロスシートおよび冷房装備の2扉車である。
編成中にテレビを設置した車両を連結することからテレビカーの愛称を持つ。また、車内には日本の鉄道では初採用となる空気圧による自動座席転換装置を装備している。
当初より架線電圧の1500Vへの昇圧を前提として設計された。このため1983年の昇圧に際しても大きな改造はなく、ほとんど仕様変更のないまま18年以上にわたって京阪の看板車両として運用された。
2008年6月24日をもって3000系としての運用を終了し、8000系30番台へと改番された[1]。
次車別概要 [編集]
第1次車 [編集]
1971年8月15日のダイヤ改正で、従来は日中20分間隔で運行されていた特急を15分間隔として増発し、さらに既存の1900系特急車を7両編成化するため、不足する特急車の補充として第1次車3両編成4本計12両[3]が製造された。営業運転開始は同年7月1日である。各編成は1900系と混結可能とされ、京都方の運転台付車両(3500形)全車に「テレビカー」として初めてカラーテレビが搭載された。また、後に本系列の車内設備で一大特徴となった収納式補助いすは未装備で、窓際の壁には国鉄583系電車に似た肘掛けが設置され、扉付近には手摺り付きの仕切りのみが取り付けられていた。また、1900系との併結を考慮して空気ブレーキに同系列と共通のAMAR-LD中継弁付自動空気ブレーキが採用され、マスコンが前後に動かすのに対してブレーキ弁操作は従来形の横軸式となった。後に第2次車以降に合わせてHRD-1D電気指令式ブレーキに改修された。
第2次車 [編集]
本系列と1900系との接客設備の差は冷房機器の有無などからも明らかであり、特に夏は涼しい本系列の運用を待って先行の1900系特急を見送る乗客が急増した。このため、本系列のあまりの好評に驚いた京阪本社は当初の補充のみの車両増備計画を改め、特急車を全て新造の本系列に置き換えるとともに既存の1900系を一般車に格下げ、これらを老朽化が進行していた旧型車の淘汰に充てる方針に転換した。そこで、1972年6月に第2次車4両編成2本(8両)および3両編成2本(6両)の計14両[4]が竣工した。この2次車では昼間の通常運用時の7両編成化を実現すべく3600形中間付随車が新たに製造されるとともに、本系列のみでの特急運用を前提としてブレーキを中継弁付自動空気ブレーキから電気指令式ブレーキに変更し、運転台も主幹制御器とブレーキ弁の変更が実施された。これについては1次車も同等の仕様への改造を実施した。また、2次車では1次車にあった窓側の肘掛けが廃止[5]された。
第3次車 [編集]
1973年6月には第3次車として4両編成2本(8両)と3両編成8本(24両)の計32両[6]が製造された。これにより通常の特急運用に必要な9編成が出揃って1900系の置き換えを完了[7]させ、通常運行時における特急の完全冷房化を実現した。この3次車では、早朝夜間の編成解結の作業簡略化を目的として連結器を電気連結器付密着連結器へ変更し、混雑時および地下線内での使用停止を目的として車掌室から遠隔ロック可能な収納式補助いすが装備された。これらの変更は1・2次車へも順次適用されている[8]。また、保安強化を目的として主回路に高速度遮断機が付加されているが、これも本グループ竣工後在来車に追設されている。
各車共通 [編集]
運用開始から長年にわたり、側面行き先表示幕は「特急」(斜体のフォントで、「特」と「急」の間が少し開いていた)のみを出し続けていたが、鴨東線開業準備のため1989年4月頃から「特」と「急」の間が縮まって直立ゴシック体の黒地に赤文字となり、残ったスペースには黒地白抜き文字で行き先を表示する新幕に変更された。さらに2003年9月改正に合わせて「特急」幕が赤地白抜き文字に変更され、2008年10月改正に向けては他車同様のフォントが小さくなり、英字表記が「Limited.exp」になったものに再度変更された。
車種構成 [編集]
初期は、淀屋橋方より制御電動車である3000形(3001 - 3018)、中間電動車の3100形(3101 - 3118)、そして制御車の3500形(3501 - 3518)の3車種による3両編成を基本とし、4両編成を組む4編成については3100形と3500形の間に付随車である3600形[9]が挿入された。固定編成ではないものの、6両または7両編成を組成し、最終的に58両が製造された。
その後、1989年10月の鴨東線開業に伴う全特急7連化に際しては、3600形の追加新造ではなく新特急車である8000系の付随車である8500形8550番台車5両[10]が新製投入されて当時6両編成で運行されていた各編成に組み込まれた。この際に前面貫通幌はすべて撤去された。
ところが平成に入り、8000系の新造開始とこれに伴う同系列への置き換えによって、多くの車両が徐々に廃車となってゆき、残すところ7両編成1本と2両の予備車[11]のみというところまで追い込まれた。しかし、検査体制の見直しなどの影響で特急運用に余裕を持たせ予備車率を引き上げる必要が生じ、これら7両編成1本および予備車2両はそのまま特急車として継続使用されることが決定された。
この決定後、車齢20年を経過していたことから車体と主要機器の更新修繕工事が施工され、1995年12月に予備車を改造した2階建て車1両を含む7両1編成に[12]、さらには編成変更で予備車となっていた3500形を種車として改造した中間車1両[13]を挿入して1998年3月に8両編成に再編成され[14]、以後は8000系との共通運用に充当されている。
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